音を作ったりゲーム作ってるロリコンの駄文 since.2005.11.17~

    続きなんてかかねぇよ

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     昨日の続きだと思った? 残念、続きませんでした! ごめんなさい、叩かないで下さい。

     さて、何をかこうっかな、そうだなぁ、『区別と差別の違い』について語ろうかな。やっぱり真面目っぽいこと書く気じゃないですかヤダー。もっとおっぱいの形についてだとか、好きな体位とかについて語りたい。まあそんなことを書いたところで犬の餌にもなら無いので、真面目っぽいコト語ります。

     よく『区別と差別ってのは違う!』とか良いますが、私は『区別も差別も大して変わらないモンじゃねぇかなぁ』なんて思っています。他の人と違う意見を持つ俺カッコイイ! これで私もモテるようになりました! 身長の低さに悩んでいましたが、これのおかげで伸びました! えっとアフィリエイトの貼り方は・・・・・・っと。オナホでもはっときゃいいのかな。

     また昔語りになります。最近多いな、自分語り。歳取った証拠だね。

     幼馴染に女の子がいました。仮にA奈ちゃんにしましょう、これ伏せてる意味あるのか? まあいいや、別にその子のコトを貶めることが目的でエントリ書いているわけでは無いと、チキンな私は予防線をはるのです。なんたるチキン、そのうちケ○タッキーでおいしく料理されて皆様の食卓に上ることでしょう。ケ○タッキーは人肉を使っていたのだよ! な、なんだってー! (このブログが消されたら間違いなくそれはカ○ネルさんの仕業です)

     どんだけ幼馴染かっていうと、国道をはさんで徒歩5分の位置の同級生です。私は3歳から保育園に預けられてましたが、その子も3歳から通園していたので、幼馴染度を測るメーターがあったら、ギュンギュン数値があがるくらいの幼馴染と言って良いでしょう。当然、小学校も同じです。ちなみに小学校は1クラスしかありませんでした。ずっと同じクラスですね。・・・・・・だから、私はどんだけエロゲー体質なんだよ・・・・・・、そんな色っぽい展開まったくなかったぜ・・・・・・。

     その子は長女でした。下に弟が3人と妹が1人・・・・・・だっけな? その辺はちょっと曖昧です。流石に他人の家の家庭環境までは記憶が定かではありません。まぁ兄弟姉妹が多い家庭ってのは覚えてます。

     そして、耳が不自由でした。先天的に、ね。いきなり話題が暗くなるのは、私の文章の悪い癖だな。

     まあでも、子供ってのは不思議で、そういうハンデと呼ばれるものがあっても仲良くなるモンです。いやなんたって3歳の頃からの付きあいです。しかも田舎です。3歳で同じ保育園に預けられてた同級生なんて5人しかいませんでしたし、4歳からの通園で数えたって10数人です。そりゃ仲良くもなります。(エロ的な意味合いは全くありません

     勿論、耳が悪いってのは幼い子供心にも理解していましたし、なにより耳が不自由だと、喋る方もちょっと不自由になるんですよね。自分が発している声も聞こえないのは当然として、何が正しい音なのかを理解できないからです。下ったらずが酷くなったと言うと叩かれそうな気もしますが、まあそんな感じに喋る女の子でした。で、まぁ喋れるってことは、全く耳が聞こえないわけじゃない。凄く小さいながらも音は聞こえるようでした。
     
     ちゃんと向き合って話せば、こっちの言うことを理解してくれる子だったのですよ。しかも別に知能遅れとかそっち系の障害はもってなかった。だから、子供の私はごく普通に接していました。その子を含めて普通にみんなで遊んだし、保育園では同じ遊戯をしたし、その子の家に行って遊んだり、川辺で遊んだり野原で遊んだり、雪合戦したりだと、まあ普通の田舎の子供な遊びをしました。俺、リア充だったんだなぁ・・・・・・(遠い目

     そして時は流れ、小学生になり、まあ同じ学校に通います。先ほども言った通り学業的には何の問題もなかったんで同じ小学校です。車で30分くらいの所に、そういう特殊学級のある学校もありましたが、完全な盲耳というわけでもなかったし、なにより遠いのは経済的にも負担でしょうし、両親も普通の学校に通わせたかったのもあるのでしょう。

     イジメでもあったのかって? いやいや、それが全然。普通に何事もなく平和でしたよ。田舎の小学校なんて1クラスですよ、30人程度です。保育園からの繰り上がりがほとんど(つか保育園から徒歩5分の場所に小学校があった)だったし、全員が顔見知りだし、家の場所も知ってるし、友達の友達なんて状況はなく全員が友達状態です。しかも6年間です。よほどのことが無い限り、イジメなんて発生しませんよ。俺・・・・・・、リア充、だったんだなぁ・・・・・・っ(涙目

     勿論、みぃんなその子の耳については知ってたし、当然、(話は通じにくいものの)ちゃんと話せば理解するし、別に差別的な扱いも、区別的な扱いもされてませんでした。同じ算数の授業をうけたし、同じ体育の授業をしたし、同じ給食を食べました。平和なモンです。

     まあもしかしたら、3歳からの保育園組の影響が強かったせいかもしれませんが。

     同じ町内、私の家から5分の家、A奈ちゃんとも仲が良くて私とも仲が良い、M君という子もいまして。ちょっとしたガキ大将というヤツでしょうか、あの頃は腕っ節の強さで上下関係が決まるような感じですしね、そんな子がA奈ちゃんと普通に仲良くしてる。私は私で小学校では学業優良児でしたので、そこら辺一目おかれていた感じでしたし。

     あれです、ドラえもんで言うと、ジャイアンと出来杉くんが仲良い感じです。そりゃ他の子は目をつけられるようなことをしないってなもんです。別に私たち2人とも威張りちらしていたわけでもありませんが。むしろ、争いごとが嫌いな私のせいで、M君もジャイアンってほどに暴力男ってなわけではなかったですし。気の良いジャイアンでした。なにそれすげぇモテそう。いまではM君も2児のパパです。

     その2人がまあ普通に接していれば、他の子も普通に接しなきゃならないみたいな空気もあったのでしょう、特に何の問題もなく小学校を卒業しました。

     とはいえ、小学校を卒業する頃にはそこまで仲が良かったかと言われると、それも微妙です。小学校高学年くらいから男は男で女は女で遊ぶ、みたいな空気ができるじゃないですか。なんですかね、あのよくわからない空気。たしかに男同士で遊んだほうが無茶ができましたし、楽しかったっちゃ楽しかったんですが。3階から積雪3メートルの校庭にダイブしたりとかね。馬鹿なことやってたな~~。

     で、中学校に行く頃には、A奈ちゃんともそれなりな距離感になってました。(M男くんとも実はそれなりに距離感ができてしまったイベントがありましたが、それはまた別の話で)

     そして流石に中学校にもなると、耳が不自由なままだと学業的にもキツイってことで、補聴器を入れたらしいんです。当時のそういう機械の技術レベルがどんなものだったのか知る由もないですが、その補聴器とやらがあまり性能がヨロシクないもので、なんというか一律に音を大きくするようなシロモノだったのらしいです。

     だから、近くで大きな音を立てないように、みたいな、なんて言うんでしょうかね、そういう暗黙的な了承? が、A奈ちゃんの周りで出来上がっていました。

     これが、もう――私にとっては気味が悪かった。

     ある日、A奈ちゃんに話しかけたんですよ。中学校も2クラスしかありませんでしたし、何かの用事があれば話しかけますよ、そりゃ。そう、『普通に』『昔のように』。

     いやね、言い訳がましいですが、小学校の頃は普通に話していたんですよ。私も特に意識することもなく、他の人と話すのと特に変わらない感じで。A奈ちゃんが良く分からない風な雰囲気だったら、もう一度同じように話してやる、他の人が自分の言葉を聞き逃したくらいの感じで。別にそれが耳の悪い子相手とか関係ありませんよ? A奈ちゃんはA奈ちゃんで、別に頭が悪いわけでもなかったんで、こちらの唇の動きをちゃんと目で追って、こちらが何を言いたいのか理解してくれようとしていましたし。以上、言い訳終了。

     そしたらね、傍にいたA奈ちゃんと仲の良い女子がこう言うんですよ。「もっと分かりやすく喋ってあげなさいよ!」って。それからA奈ちゃんに向き直って、唇をわかりやすく大きく動かして、あまり大きな声がでないように、私の言葉を通訳するように、喋りだすんですよ。

     凄く、気味が悪かった。

     恐らく、その子にとっては、それは『A奈ちゃんへの思いやり』からの行動だったのでしょう。ですが、私にとっては何と言うか青天の霹靂でした。雷が打たれた感じ。

     それは耳が不自由な人に対する『区別』だったのでしょう。耳が不自由だ、だからこちら側が譲歩するのはしょうがない、そういう『区別』。健常者と呼ばれる人とは違う方法で接しなければならない、っていう『区別』。決してA奈ちゃんを『差別』しているわけではなく、『区別』して、A奈ちゃんが分かりやすいようにそういう方法で話しかけている。

     (今でも馬鹿ではありますが)馬鹿だったあの頃の私でも、そう理解できました。けど、気味が悪かった。そそくさと、私はその場を離れ、とりあえずその女の子が一緒にいる時はA奈ちゃんには近づかないようにしようと思いました。ま、結局、その子は中学卒業までA奈ちゃんにベッタリでしたが。

     あれは『区別』だった――けれど、それって『差別』とどう違うんだろう、と時々思い返してしまいます。

     私は差別も区別もなく、ただ普通の人と接する態度と同じように接しようとした。それは見方によっては残酷かもしれなくて非難されるようなことかもしれないけれど、私の心にはそれが正しいようなことな気がした。

     A奈ちゃんの立場からしたら、どうなのだろう。そういう風に、わかりやすく喋ってもらったほうが良かったのだろうか。今でも時々思い返す――他人の言葉を理解しようとする機会を奪われ、誰かに通訳されるような毎日は、楽しかったのだろうか。それはきっと他人の言葉を理解するには楽だったのだろうけれど、そんな楽な毎日は楽しかったのだろうか。普通の人と違う接し方をされるのが、本当に彼女の為だったのだろうか、となんとなく思う。

     その『区別』は本当に彼女の為になったのだろうか。だとしたら、それと『差別』の違いは何なのだろうか。

     あ~~、なんかシンミリするなぁ。やだね、こういう話は。区別も差別もない世界にいきたいもんです。けど、きっとそれは叶わない願いで、僕らはいつだって『このロリコン!』と差別されてるわけです。ままならないね、どうにも。

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