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    [雑記]エロゲにエロは必要なのか?

    いつものごとく雑記です。


    よく「エロゲにエロは必要ない」との言葉を聞く。
    サークルの後輩から聞いたこともあるし、同人仲間からも聞いたことがある。

    だが、エロすなわちセックスというのは他者と交わる最極体験だ。
    勿論私たち人間は、二次元であっても三次元であっても、他者を完全に理解することは出来ない。何度セクロスをしようとも、その人の全てを理解する(もしくは理解し続ける)ことは不可能と言って良いだろう。
    そしてそれを前提としても、エロ=セックスが不必要という結論ではない。
    むしろセックスという限りなく他者と近づく行為により、理解していたはずの他者の理解していなかった部分を理解するという体験(理解していた部分が理解できなくなるという逆も然り)……これを言い換えるならば他者への理解の自覚であろう。
    口語で言い換えるならば「俺って彼女のこと誤解してたみたいだ」、だDADADAー。
    セックスには自己意識へのフィードバックが含まれる。
    ということは「エロは必要ない」=「自分は必要ない」という意味が(少なからず)ある。

    違う観点から話を進めよう。
    「誰かと交わりたい」という欲求は人間の根源的な欲望、もしくはそれに基づく意志だと私は考える。勿論、此処で言う交わりとはセックスを含めたのコミュニケーション全般を指す。それこそプラトニックラブという言葉が存在する以上、セクロスがその交わりの最頂点にあるのかはまた違う議論になってしまうが、性行為は少なくとも肉体的・精神的な交わりであり、個人的には他の手段と一線を画す手段だと考える。「一線を越える」っていう言葉もあるしね。
    その根源的な欲求の行きつく先(往きつく先の方が正しいか?)である手段の否定――簡単に言えば人間自身の否定である。

    話は逸れるが、少し捕捉したい。
    メール・電話・ラジオ、これらはコミュニケーションであるが、精神的な繋がりのみの交わりである。
    これに対して、セックスなどは肉体的な繋がりを含んだ交わりである。
    個人的には他の手段と一線を画す、といったのはこの為であり、肉体的な繋がりを含む交わりにおいては性行為が頂きに存在するものと考えている。かの有名な田中ロミオ氏の代表作の「クロスチャンネル」などではラジオ(=精神的繋がり)、セックス(=肉体的な繋がり含む)を意識的に演出している気がするのだが違うだろうか?
    とりあえずどちらが優劣なのか決めるのならば、後者が優れているものだとやはり私は考える。(前述のエロゲでもラジオだけじゃ気が狂う、その代替の為のセックス、記憶の中の肉体の交わりによって精神の交わりのみの空白を埋める、みたいな感じだったような? しかも思いは違ってても良い、肉体の繋がりの記憶さえあれば、なんていうセックスに含まれる精神的な繋がりを必要としないエロシーンだった。勿論主人公の自己意識の強化みたいな精神的な側面も含んでいるけど)

    ここで考えるべきはセクロスという行為を、他の観点と並べて何の違和感もなく議論していることである。
    Fateと月姫は文学、でもエロシーンはいらね。
    KanonとAIRは泣ける、でもエロシーンはいらね。
    ……ちょっと待ってくれ、そこは違うだろ?
    自分という意識を疎かにする発言をなんの躊躇いもなくするなよ。つーかコミュニケーションの一端を担う重要なファクターを何故そんなに簡単に否定できるんだ?
    そもそもEVER17あたりに確立されたはずの自意識の想起を真っ向から否定してないか?
    「誰かに触れたい」っていう最も尊ぶべき意思を否定することに何の意味があるんだ?

    そもそも1番の問題は何の違和感もなく議論できてしまうことなのかもしれない。
    他の手段などに容易に比較されるということは、その地位が危ぶまれているという意味に他ならないはずで、最近の若い人たちは「メール」や「会話」を「セクロス」と対等なものとして扱っているということなのか?それとも「セクロス」を「メール」や「会話」と対等としているのか?

    それとも「自慰するための作品じゃない」とでも言うつもりか。
    いや、だからよう……「誰かに触れたい」という思いに二次元も三次元も関係ないじゃないか、その昇華として楽な解消法がオナヌーだったとしたら、それはそれでいいじゃないか。
    大体の人たちが二次元には触れられないけど触れたいというジレンマを持っているんだよ。そのジレンマ自体を楽しんでいる人たちもいるんだ。おおよその人が二次元と三次元の隔絶を理解しているんだ。その確たる断絶があるからこその創作だろう?
    いい加減、二次元と三次元を区別できない云々の話題をやめてくれ。「誰かに触れたい」っていう思いを二次元と三次元とに等価的に扱っているのはそういう意味じゃないんだ。むしろ断絶が断絶であるほどその思いは崇高なのではないのか?

    エロゲにはエロが必要だと思いながら……私はエロゲをプレイする。
    後ろ指を刺されてもそれだけは変えようが無い――そこには「わかってないなぁ」という開き直りも「すいません」という後ろ向きな態度も必要ないはずだ。

    説明下手で何かしら勘違いするひともいるだろうが、そこはそれでコミュニケーションの長所であり短所だ、だから反論や同意もスルーして。
    私はシトト交易所のロリ娘のエロゲを期待する。

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